生きる

思い出を抱えて生きる

六義園

あそこはどこだったのだろう。
空っ風が吹きすさぶ外階段の上、幼い私は誰かを待ちながら座っていた。
おかっぱ頭の髪の毛は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に張り付いていた。
四歳のとき、母は突然いなくなった。
父は私を連れてしばらく仕事に出ていたが、親戚の勧めで再婚をした。
その後は、平凡な「家族ごっこ」の日々が続いた。

二十歳になったある日、なぜか明るい声で生母から連絡があった。
戸惑いはあったものの、会う段取りは母のペースで淡々と進んでいった。
そして私たちが再会の場所に選んだのが――『六義園』だった。
ちょうどツツジが見ごろで、庭園は鮮やかな色に満ちていた。
初めて訪れたその場所で、私は「なんて綺麗な庭園だろう」と素直に思った。
十六年ぶりの再会なのに、母との距離は不思議なほど感じられなかった。
そう思っていた。
脳天気な二人は満面の笑みを浮かべ、たわいない話に興じていた。

(生母はアメリカ在住だったため、次に会えたのはさらに十八年後のこと。そこからは、かなり濃密な関りがあった)

六義園にはその後一度も訪れることがなかった。

そしてことし再び

東洋文庫ミュージアムを訪れた帰り道、 「六義園はすぐそばだった」と気づいた。
三月に亡くなった生母のことを思い、 ふらりと足が向いた。

あの日のツツジの色、母の笑顔、 そして幼い私がどこかに置き去りにしてきた記憶。 それらが静かに胸の奥から立ち上がってきた。

 

 


親子と言えども笑顔の奥底には、決して相容れることのないものが沈殿していたのだと思う。

黄泉の国 誘うがごとき 枝垂桜 行きつ戻りつ 風にほどける

 

この庭園は、枝垂桜が有名なのですが すっかり葉桜になっていました。

 

 

 

東洋文庫ミュージアム

先日、文京区本駒込にある 東洋文庫ミュージアム を訪れました。 日本で最も古い東洋学の研究図書館を母体とし、国宝や重要文化財を含む膨大な蔵書を展示するミュージアムです。 現在はリニューアルオープン後の企画展「ニッポン再発見 ― 異邦人のまなざし」が開催されており、マルコ・ポーロから小泉八雲まで、外国人が見た日本像の変遷をたどる内容でした。

 

  • 所在地:東京都文京区本駒込2-28-21

  • 開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)

  • 休館日:毎週火曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)

  • 展示内容:所蔵する本・地図・絵画を中心に、東洋学の魅力を紹介

  • 現在の企画展:「ニッポン再発見 ― 異邦人のまなざし」

入口の枯山水のようなオブジェにしばし立ち止まる。
山かしら?
はたまた波かしら?

考え事をしながら歩くのは、とても危ないのだけれど気になってしまった。

館内に入ると向こうの景色が見える素敵な階段が目に飛び込んできた。
上へ上へ上がりたくなる習性の私は
「あれは何だろう?あの上は何があるのだろう?」
と気づけば1階を通り過ぎて
いざ上へ!!

天井まで届く書架にぎっしり並ぶ書物が現れた。
ただ立っているだけで、時間の流れが変わるような空間。

 

企画展は、興味津々だった。
何が書かれているかさっぱりわからないのだが
これも本
あれも本
こんなに文字や言語があるの?
えーーー
うーーー
教養がないとこんな反応しかできないのです。

そして薄暗い廊下でいろんな言葉や文字の名言を見て心に残った言葉


人生に学び終わりなし 月日を無為に送るなかれ

『おまけ』

実は、あの先に見える所にカフェが併設されていてハンバーグを食べるつもり満々でした。
しかし、展示に夢中になっていて気づけば予約が最後になってしまい。
(もうすでに昼が過ぎていた)
二時間半待ちだったため諦めました。



 

 

 

 

桜・ジンダイアケボノ

都下の桜は見ごろを迎えたというのに、 時折吹く強い風と花時雨が、まるで意地悪をしているようです。

ソメイヨシノは年々老いが目立ち、 かつて一面を染めていたあの華やかさを思うと、 胸の奥にかすかな寂しさが残ります。

数年前から植え替えられている若木は、 どうやらソメイヨシノではないらしいと気づいてから、 古い桜への愛着と執着はますます深まりました。

今後は「ジンダイアケボノ」という品種に 移り変わっていくのだろうと思います。

初めて見たときは、 ところどころに混じる濃い桃色がどうにも馴染めず、 “風情に欠ける花ね”と感じたものでした。

けれど今年、少し背が伸びたその若木を眺めていると、 ああ、これもまた“可愛い”と言うのだろうか―― そんな気持ちがふっと湧きました。 どうやらあまり高くは育たない桜のようです。

『ジンダイアケボノ』



『ソメイヨシノ』


あと何回、この桜が見れるかな?

 

 

 

 

こがねい春の能・海人

数か月前からとても楽しみにしていた能です。

『春の能』

浅はかだから?
春だ!桜だと浮き立つ気持ちがまずあって、
だんだんその日が近づくと何を着ていこうかとソワソワしはじめた。
えんじ色のさめ小紋の一つ紋に桜の名古屋帯でしょうと帯揚げ帯締めまで合わせて一人ニヤニヤ。
いや、無地の鶯色にしようかな?
帯は、袋帯。
そんなことをしながら着物の虫干しまでしているのだから あっという間に時間は過ぎていきました。
結局、当日、雨が降るかもしれないし桜が開花しているのに桜の帯は野暮だとかくだらないことを考えてしまった。
動きやすいきれいめの洋服に落ち着き、なんと靴はスニーカーにしてしまった。
そのせいか久しぶりのスカートなのに颯爽と大股で歩いてせっかくのおしゃれも台無しだった。

『海人 窕(くつろぎ)』の舞台
肝心の能は、『窕』とついているだけあって最後の龍女の舞が華やかだった。
なんといっても背景に龍の絵が描かれた垂れ幕。その躍動感たるやまるで動いているようで現代風にアレンジされた舞台美術に目を瞠った。

そんなことを書きながら、実は最後のあたり不意の眠気に悩まされました。
嘘でしょう!?
どうして意識が飛びそうになるの?って必死でこらえた。

『母が海に潜る場面』←話が前後する。
前半は、母が海に潜る舞においては、せつなくて涙がこぼれた。

言葉ではなく、
流れる鼓の音、
足拍子のドンドンという響き、
囃子の緊張。

所作事の深さ。
足拍子の情感。


ウッウッたまんない。
感情移入というより心が引きずり込まれるようだった。

今度があるとしたら能楽堂で「海人」をみて 今回のと比較したら面白いだろう。



春の能は、装いに悩んだ時間も、
大股で歩いてしまった自分も、
涙と眠気が交互に押し寄せた舞台も、
ぜんぶひっくるめて、
忘れがたい一日になった。


世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平)

東京都美術館開館100周年記念

東京都美術館開館100周年記念
スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき

モネの絵は、光が動かずスウェーデン絵画は光が動く

唐突にそんなことを思ったものだから スウェーデン絵画を実際にこの目で見たくてたまらなくなりました。
さすが平日は、もう休みをとれそうにない。

決めた日は、連休初日で上野動物公園が無料の日ということもあって、混雑が予想された。
仕方なく早起き。
ゆったりと見るために美術館の開館時間ぴったりに到着したかった。
当日は、今にも雨が落ちてきそうな重たいグレーの雲に覆われていた。
思わず「ヤッター!」と心の中でガッツポーズ。
(人が少ないだろうって思ったからです)
しかし、上野に到着して見事に期待は裏切られた。
人をかき分けかき分け歩かなくてはいけないほどだった。
みんな動物園に向かっているんだってつぶやきながら小走りになっていた。

展示室に入ってすぐ、目当ての作品がありました。
『草原の妖精たち』
風が揺れ、光が踊っているように見える。
見とれると写真を撮るのを忘れてしまう。

少し落ち着いてきたころからお気に入りを撮ってみました。



いつも思うのだけれど・・
どうして実際の絵とそれを撮ったものは、まったく別のものになるんだろう。
なんだか残念。









 

 

 

 

 

 

モネ没後100年~風景への問いかけ

アーティゾン美術館


入場券が学生が無料という粋な計らいなので混むんだろうなってぐずぐずしているうちに3月になってしまった。
ネットの予約で土日は、ほとんど夕方だった。
迷うことなく平日に仕事を休んでいそいそ出かけた。

モネ没後100年

オルセー美術館が誇るモネ・コレクションから選りすぐりの作品が来日

結構 画風が変わってきている方だからとても興味があった。
何といっても画業を辿ることができるというのは、魅力的な言葉です。
私が最後に見たモネの画が晩年の白内障を患っていたころのでした。
それだけが脳裏に焼き付くのを避けたかった。


この絵の前を行きつ戻りつ
光が揺らぐ白いテーブルクロスに飲みかけのワイン
食べかけのパン
若い女性と年とった女性が庭を散策して
木漏れ日の下 幼い子が無心に遊ぶ
甘い花の香りが立ち込めて
ついには、絵の中に入ってしまう。

私は、奥の木陰で涼んでいる。

幸せな情景でした。

 


悔しいけれどクロード・モネの絵って好きかも



 

雨が少ない

昨年秋より雨が少ない日々だった。
庭木は、生気がなく 川も水が充分ではないようだ。
何故か水鳥が皆ゴミに見えた。

そんな折、やっと雨が降ったもののまだまだ足りない。

もしかして・・・
今年の河津桜の花の小さいのは、暑い夏と少雨に痛めつけられたからかもしれない。
「私の想像はあたっているかしら?」
花は、答えない。

元気なのは、スギ花粉だけかな
起床時 目が開かなくなるぐらいに掻いていた。

晴れの日ばかりが好きなのだがそうも言っていられない昨今だ。

ひな祭り

子どもの頃から、私はずっと人形が大好きでした。

特に思い出深いのは、アメリカ製のビニール人形。 どこかバタ臭いお顔に、縮れ毛の植毛ヘア。手足はよく取れてしまって、気づけばバラバラに…。 (たぶん、興味本位で私が引っこ抜いたせいかもしれません)

実は、そんなお人形たちが、私のひな祭りの主役でした。
我が家では、手持ちの人形たちを集めて、霰や菱餅を供え、即席のひな壇を作って楽しんでいたのです。

お友達の家に招かれて、初めて豪華な段飾りの雛人形を見たときは衝撃でした。
それまで、家中の負傷した人形たちとお祝いするのが「普通」だと思っていたのです。 それ以来、私もいつか本物の雛人形が欲しいと願うようになりましたが、当時の我が家では叶わぬ夢でした。

その後、雛人形以外、さまざまな人形を集めました。 けれど数年前、手元に数体だけを残して、ほとんどを手放しました。 (そういえば、夫に愛されていた頃、木製の雛人形を贈られたことがありました。あれは本当に嬉しかった。でも目や鼻や口がない人形は、意思がない)

最近、思いがけず友人の家で昭和初期のお雛様を拝見する機会がありました。 どこか懐かしく、優しい表情に心がほっこり。
お母さまの持参びなだそうです。
(しかし飾る側の台子と屏風が惜しいかな)


そして、近くの郷土博物館で開催されている「昭和の初期から現代までの雛人形展」にも足を運びました。



時代ごとに異なるお顔立ちや衣装、調度品の違いに、思わず見入ってしまいました。 どの人形にも物語が宿っていて、いつまでも眺めていたくなるような魅力がありました。

生まれ変わったら身代わりびなを用意してもらいたいかな


ケが生えたバナナ?

午前中のおやつは、コーヒーとバナナが日課になっている。
買ってきたバナナは、一本ずつキッチンペーパーに包み、ラップでくるんで保存するのがいつもの習慣だ。

ただ、最後のほうになると皮が黒ずんでくることがある。
中身は問題ないので、そこは気にせず美味しくいただく。

ところが今日。 いつものようにキッチンペーパーを半分はずした瞬間、思わず声が出た。

「うわぁ……毛? 毛? 毛! なにこれ!」

黒ずみは許せる。 だが、毛は許容範囲外だ。

バナナって、日がたつと毛が生えるものだったっけ?

いやいや、落ち着け私。

深呼吸して、そっとペーパーを全部むいてみた。

――出てきたのは、まさかの『自然薯』。

その瞬間、緊張の糸がぷつんと切れて、大笑いしてしまった。

なんと愚かで、なんと賑やかな私であろうか。


距離をもった関係

二年半ぶりのヒヨドリの来訪で庭が賑やかになってそれに伴って鳥の糞も大量に増えました。
毎朝、それをかき集めて掃除をしていたのですが ある時からほとんど見当たらなくなっていきました。水場の周囲も綺麗です。
時折、メジロが水浴びをする姿を見かけていましたが、その小鳥たちも静かです。
南天の実も食べつくして、侘助の花もそろそろお仕舞に近づいているからだろうかと考えていました。
時折、通路にお隣のキンカンの実が落ちています。これは、銜えていてうっかり口を開けてしまったのかしら?などと想像してクスっと笑っていました。
週末、ポカポカとお日様が気持ちいい昼下がりに塀から庭にドサッと大きなものが降りてきました。
それは、鉢植えの中に頭を突っ込んでぐしゃぐしゃやっています。
枯葉をたくさんまとっているような色をしたお世辞にも可愛いと言えない渋い面構えの猫でした。大きな体格ではありますがお腹のあたりは、そんなに膨らんでいないので野良猫に見えました。
私が見ているのも気づかずにノッシノッシと歩き回って なんといろんな障害物に頓着せずに 鳥の水飲み場にたどりついてゆうゆうと水を飲んでいました。
えーー!?
汚くないの!?病気にならないの?
とっさに脳裏に浮かんだ疑問があまりに素朴で、自分でも笑ってしまった。
もしや、鳥たちが激減したのは、この猫のせいなのだろうか?
猫がパトロールを終えて去ったあと私はすぐに位置を変えた。
花かごスタンドで高い位置に水を置いた。

数日後ーヒヨドリが戻ってきた。

私は、実は鳥のあの嘴が嫌いなのだけれど・・


青梅市吉川英治記念館×文豪とアルケミスト

久しぶりに青梅の梅郷の方へふらりと出かけた。



春の気配を探しながら歩いていて『吉川英治記念館』に立ち寄ったところで、思わぬ違和感にぶつかってしまった。

ナニコレ?って思ってしまった。
帰宅してからじっくり考えたのだけれど おそらく何かのゲームとのタイアップ企画らしい。
それはそれで面白いのかもしれない。

でもね なんだかなぁ・・
心の中では、展示も記念館も舞い上がってバラバラバラと音をたてて落ちてきていたかな・・

 

せめて・・帰り際
500年~600年と言われる椎の木を眺めて 
この樹の下に毛氈を敷いて夫人がお茶を点てていたであろう静かな時間を思い浮かべると、ふっと心が過去へと滑り込んでいく。
記念館のざわつきも、現代の喧騒も、古木の前ではすっと薄れていった。

 




Outlookの不具合

先週の月曜日、朝から Outlook の様子がどうもおかしかった。 フリーズは当たり前、消したはずのメールがまた現れる。 しまいには起動すらしなくなり、送受信も不安定で、もう“用を足さない”状態にまで落ち込んでしまった。

再起動しても直らない。 何度やっても、同じ。 そのうち胸の奥に、じわじわと不安が広がっていった。

幸い、会社のメールは自宅にも転送していたので、業務そのものはなんとか回った。 けれど、Outlook が動かないというだけで、日常のリズムが崩れてしまう。 「これは自分ではどうにもならないかもしれない」 そう悟ったのが、一日目の終わりだった。

用語も含めて、何が起きているのかさっぱりわからない。 ChatGPT に相談しながら進めてみたけれど、初日は諦めるしかなかった。

二日目。 困り果てて、遠隔操作で助けてくださる方に相談した。 状況を見てもらい、しばらくは別のメーラーでしのぐことになった。
急場をしのぐとはいえ、心は落ち着かない。

 

■ 原因は Windows Update「KB5074109」

後からわかったことだが、 今回の不具合は Windows Update「KB5074109」が原因だったらしい。

クラシック版 Outlook(特に POP+PST)で

  • 起動不能

  • フリーズ

  • 終了できない

  • メールが消えるように見える といった症状が全国的に発生していたという。

Microsoft 公式も「既知の問題」と認めていた。

 

■ 金曜日。KB5074105 が目に飛び込んできた

先週の金曜日(1/30)。 設定画面を開くと、KB5074105 の文字が目に飛び込んできた。 その前にもいくつか更新が入っていたけれど 今一つだった。

「もしかして、これで直るの?」 そう思ったものの、すぐには行動しない。 状況がまた変わるかもしれない。 慎重に、慎重に。

考えた末、月曜日に更新することにした。

■ そして今日。Outlook が息を吹き返した

本日(月曜日)コーヒーを片手にリラックスしてKB5074105 をインストールした。

すると―― あれほどひどかった Outlook が、まるで別物のように動き始めた。 フリーズしない。 消したメールが復活しない。 起動もスムーズ。 あの一週間は何だったのだろうと思うほど、静かに、確かに復活していた。

 

■ なぜ直ったのか(推測)

おそらく KB5074105 が、

  • Outlook の動作に関係する DLL

  • Windows の COM/MAPI 周辺

  • プロセス管理部分

などを修正・上書きし、壊れていた部分が正常化したのだろう。

Microsoft が既知の問題として認識し、 修正パッチとして KB5074105 を出した可能性が高い。

Windows Update は複雑で、 先に入った更新で不具合が出て、後続の更新で依存関係が整う ということがよくある。

今回もまさにその典型だったのかな?と思う。

 

■ 一週間の疲れと、静かな安堵

正直、とても疲れた。 一番つらかったのは、目。 画面とにらめっこしながら、原因もわからず、ただ不安だけが積み重なっていく。

でも、今日ようやく Outlook が戻ってきた。 その瞬間、胸の奥の緊張がふっとほどけた。

長い一週間だった。

 

 

丸の内仲町通り/日本の現代彫刻を代表する作家達

丸の内仲町通りのアートを眺めて思った。
あれっ?ちょっと違うな?

普通のストリートでは見られない美術館級の作品が距離をとって整然と並んでいるので

初めて目にしたとき驚いた。

 

ふりかえって なんて贅沢で静かな通りなのだろうって思う。


たたかう仏像/静嘉堂文庫美術館

✦ たたかう仏像、なぜかまた静嘉堂文庫美術館へ

(2026年1月2日〜3月22日)

静嘉堂文庫美術館で開催中の「たたかう仏像」展へ行ってきました。 会期は 2026年1月2日から3月22日まで。前期と後期で展示替えがあり、何度訪れても新しい発見がありそうな展覧会です。



今回の目的は、中国の神将俑と、日本の十二神将像を見比べること。 展示室の中央に中国の神将俑が並んでいたので、迷うことなく真ん中から鑑賞を始めました。

✦ 中国の像は、戦の気配をまとっている

中国の神将俑は、全身に戦意が宿っているようで、今にも動き出しそうな緊張感。 鎧の造形や姿勢の張りつめた感じが、まさに「戦うために存在している」印象でした。

✦ 日本の十二神将は、災いをそっと遠ざける“護りの存在”

そして、今回いちばん楽しみにしていた十二神将。 静嘉堂には七体が所蔵されていて、そのうちいくつかは会期中ずっと展示されています。

日本の十二神将像は、中国の像とは対照的で、 厄や災いから人々を守るために立つ、静かな力を感じます。 外へ向かう攻撃性よりも、内側を守るための祈りが形になったような佇まい。

 

✦ 「え、これ午なの?」

――そして気づいてしまった瞬間

説明書きをまったく見ないで まずは気になる像からじっくり眺めていきました。

すると、ふと疑問が。

「これ、午なの?」
どうしてこれが「うさぎ……なの?」

どう見ても午っぽくないし、うさぎ感もない。 首をかしげながら見ていたら――

頭の上に、ちゃんと乗っていた。存在していた。

その瞬間、思わず声を出して笑ってしまいました。 もし隣に知り合いでもいたら、思わず腕をつついて 「ちょっと見て、嫌だぁ〜もう〜」 と言ってしまったかもしれません。

気づけば、かなり長い時間その場に立ち尽くしていました。

 

✦ 地天女に支えられて立つ毘沙門天

次に心を奪われたのは、地天女に支えられて立つ毘沙門天。 静かな迫力と、下から支える地天女の存在感。 その構図の美しさが、しばらく胸に残り続けました。



 

✦ おわりに

中国の“戦う像”と、日本の“守る像”。 同じ「神将」でありながら、文化や祈りの方向性の違いが、 造形の細部にまで宿っていることを実感しました。

また会期中に、もう一度訪れたくなる展覧会でした。

 

 

 

ツタンカーメン

前々からの計画どおり、1月3日にツタンカーメン・ミュージアムへ行ってきました。

今回いちばん惹かれたのは、「エジプトの死生観」という言葉。 そして、精細な3Dスキャンによる壁画の再現という“体験型”の触れ込みに、ついふらふらと足が向いてしまったのかもしれません。

ツタンカーメンについて私が知っていたのは、 9歳で即位し、19歳ほどで亡くなったこと。 そして王墓がほとんど荒らされず、保存状態が良かったために注目された―― その程度の知識しかありませんでした。

だからこそ、レプリカとはいえ「これらが一緒に埋葬されていたのか」と思うと、胸の奥がざわつくような驚きがありました。

ただ、どうしても直視できなかったのはミイラの作成工程。 腐敗を防ぐために内臓を取り出す図は、見ているうちに体の奥がひやりとして、少し気分が悪くなるほどでした。

けれど、展示を進むにつれて、エジプトにおける死後の世界は「終わり」ではなく、
むしろ“仮面が必要なのも、その魂が新たな姿を得るため。
そう思うと、あの黄金のマスクの存在がすっと腑に落ちていきました。再生”と“神格化”のプロセスなのだと気づきました。

金色堂のことを思い出す

ツタンカーメンの展示を見ながら、ふと中尊寺の金色堂が頭に浮かびました。

あれは、極楽浄土への揺るぎない信仰が形になったもの。 金箔に包まれた空間は、死後の安らぎと救いを願う祈りそのものだったのではないでしょうか。

エジプトと平安。 遠く離れた文化なのに、どちらも“死後の世界”を強く意識し、 そして“永遠”を象徴する金を惜しげなく使っている。

金は、ただの装飾ではなく、 「朽ちないもの」「光そのもの」への憧れの表現なのだと、改めて感じました。 人が死を前にしたとき、 どの文化でも“永遠に続く光”を求めるのかもしれません。

展示を見終えて

ツタンカーメンのマスクの輝きと、金色堂の静かな光。 まったく違う場所で生まれたはずなのに、 どちらにも“人が死をどう受け止め、どう超えようとしたか”という祈りが宿っているように思えました。

死を恐れながらも、 その先に続く世界を信じようとする心。 その心が、時代も国も越えて、金という永遠の輝きに託されてきたのだと感じた一日でした。

 

ふんころがし