生きる

思い出を抱えて生きる

好きな作家

何故か好きな作家の一人ですと言えないままこっそり?読んでいた小説の数々。
講演会まで出かけて目を瞬く癖を目の当たりにして胸がいっぱいになった日。
何かの拍子に誕生日の月日がいっしょだと知った時の嬉しさ。
亡くなったのを知った時、何故か愚かにも人ってやはり亡くなるんだってぼんやり思ったこと。
そして夫婦没後の刊行を条件として遺した作品を読んで・・

石原慎太郎『「私」という男の生涯』を読んだとき、私は深い尊敬と期待を抱いてページをめくった。文学者として、政治家として、そして思想家としての彼の言葉に触れることは、私にとって知的な刺激であり、人生の指針のようなものだった。

しかし、読み進めるうちに、放蕩や女性遍歴の告白に直面し、心にざらついた違和感が残った。尊敬していた人物が、自らの欲望を「人生の公理」として語る姿に、理想像が崩れるような衝撃を受けたのだ。

読了後しばらくは、嫌悪感が感想の中心を占めていた。けれども、時が経ち、ふとしたきっかけで『石原家の兄弟』を手に取ったとき、感情の風景が少しずつ変わり始めた。

そこに描かれていたのは、晩年の石原慎太郎を兄弟たちが交代で介護する姿──「親父シッター・ローテーション」と呼ばれる、笑いと切なさが同居する日々だった。かつての威厳は影を潜め、死を前にした父の姿は、弱さと人間らしさに満ちていた。

だんだん私はこう感じるようになった。

「人って死に近づくと、もはや凛として生きた姿がモヤモヤとかき消され、消えていくんだな」

石原慎太郎という“象徴”は、死を前にして“人間”へと還っていく。その過程を、家族のまなざしを通して見つめることで、私の中の嫌悪はやがて理解へと変わっていった。

 

彼が残した言葉──「忘却は嫌だ。何もかも覚えたまま、それを抱えきって死にたい」──には、記憶と存在の重みが宿っている。放蕩も、成功も、孤独も、すべてを抱えて死に向かう姿に、私は人間の複雑さと誠実さを見た。